社会奉仕委員会

圓鍔勝三作「いこい」と「みのり」ブロンズ像と4つのテスト記念碑(社会奉仕委員会)
2009年08月17日

川崎市立川崎病院に「いこい」と「みのり」という2体のブロンズ像が有ります。
この像は、川崎市名誉市民である圓鍔勝三(えんつばかつぞう)氏により製作されました。
昭和37年(1962年)川崎ロータリークラブが創立10周年記念事業と社会奉仕活動の一環として2体のブロンズ象を圓鍔勝三氏に依頼して作成頂き、4つのテスト記念碑と一緒に、当初、川崎の玄関口である川崎駅前に「明るい豊かな社会の実現」と「豊かな芸術による市民の心の安らぎ」を求めて設置させて頂きました。

その後、昭和62年(1982年)に川崎駅舎改築と駅前整備の為、一時移設され当クラブ会員が保管し、そして以前からお話しを頂いていた教育委員会の方々とご相談申し上げ、改めて平成8年(1996年)当クラブ設立45周年記念のときに川崎市へ寄贈させて頂きました。


現在は、川崎市立 川崎病院建替え工事完成に伴い、ふれあいショップ「喫茶室 いくおう」(2階)に設置されてます。
川崎病院へお越しの節は是非、ご鑑賞頂ければと思います。


●プロフィール●
圓鍔 勝三(えんつば かつぞう、1905年11月30日 - 2003年10月31日)は彫刻家。
広島県御調郡河内村出身。文化功労者、文化勲章受章、広島県名誉県民。享年97。

圓鍔勝三は、16歳で彫刻家を志し京都に行きました。
圓鍔は、幼年時代から決して器用な方でなくむしろ不器用であったと述懐しています。石割秀光に弟子入りしたのちも、努力と勉強熱心さにより、自己を形成していきました。

 23歳で上京し、澤田政廣に師事して、大正末から昭和の戦前にかけて起こった木彫界の新たな運動に加わり、明治以降の失われかけていた日本の木彫をよみがえらせました。圓鍔芸術の特徴は、木彫を主流としながらも様々な素材を使い作品を制作していることです。このことが、自由な表現の多様性を生み出しています。また作品は、夢とロマンに溢れ、雄渾に満ちた独自の境地を拓き、たえず平和を希求する心と生きることへの愛着が現れています。

 少年時代を過ごした、この御調の地での思い出が圓鍔作品のバックボーンとなっているようです。豊かな自然と細やかな人情、私たちが忘れかけている感情を思い起こしてくれる、そんな世界にふれることができると思います。

略歴 [編集]
1928年(昭和 3年) 日本美術学校入学
1932年(昭和 7年) 同校卒業
1950年(昭和25年) 多摩美術短期大学教授
1953年(昭和28年) 多摩美術大学教授
1962年(昭和37年) 日展評議員
1971年(昭和46年) 同常務理事
1980年(昭和55年) 日本彫刻会理事長
1981年(昭和56年) 日展顧問

・受賞、受章歴
1971年(昭和37年) 紺綬褒章
1976年(昭和51年) 勲三等瑞宝章
1980年(昭和55年) 神奈川県文化賞
1988年(昭和63年) 文化勲章

・主な彫刻作品の設置場所
「女神」 1973年(昭和48年) 兵庫県神戸市中央区楠町4・大倉山公園
「花園の歌」 等身大群像 1981年(昭和56年)ブロンズ。76歳のとき木彫で制作 埼玉県熊谷市星川シンボルロード(星川広場)
「かたらい」 1969年(昭和44年) 木彫 埼玉県熊谷市宮町2-47-1 熊谷市役所1階ロビー
「仁王像一対」 1978年(昭和53年) 木彫 東京大田区池上本門寺本殿。
元は再建された仁王門に祀られていたが、近年修理のため撤去され、修理後は本殿に移された。

・外部リンク
圓鍔記念館(広島県尾道市御調町)
http://www.city.onomichi.hiroshima.jp/kanko/data_mitsugi/02en/0top.html

圓鍔勝三デジタルミュージアム
http://www.onomichi.ed.jp/entsuba/index.html
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