川崎ロータリークラブの沿革

川崎ロータリークラブ「60年の歩み」

2011年4月に等クラブは、設立60周年を迎えることが出来ました。
記念誌を作成いたしましたのでご覧頂ければと思います。

60年のあゆみPDFファイル10MB

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川崎ロータリークラブ クラブ旗

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 川崎ロータリークラブのクラブ旗は、白地にロータリー・マークを配した公式旗とは、全く対照的な旗で濃紺青地に黄金色のロータリー・マークを配し、マークの下方に白地でKAWASAKI CHARTER NO.7769と染め抜いたものである。

 この旗は昭和26年8月、横浜ロータリークラブから創立の祝いに贈られたものである。公式旗と異なるこの形式の旗は、戦前創立の国内クラブと、これらのクラブがスポンサーとなって、戦後の早い時期に設立されたクラブの殆どが、現在は別として一度は採用したもののようである。

 “あれこれ”で、「正式には白地が正しい」と指摘されている笹部さんも、チャーターナンバーを染め抜いた濃紺青地には、大層愛着を持っていたようで、かつて高木幹事が白地の公式旗の制作を相談したところ、「由緒ある旗だから慎重に検討しなさい。」と釘をさされている。

 “あれこれ”によると、“ロータリーの公式旗は、1929年、ダラス大会で決議されているが、その原型は1911年、カンサスシティロータリークラブの会長を委員長とする「公式ロータリー旗委員会」が審議して決めた、白地に当時行われていたロータリー・マークを飾ったもので、此れを当時のR.I.理事会が採用している。この公式旗にもとづいた1号旗が、1915年1月カンサスシティロータリークラブの手で、ホテル、ベルティモアの屋上に掲揚された”とある。然し宮脇P.G.によるとこの1年前、“1941年1月ニューヨークロータリークラブがクラブ旗を作り掲揚、以来各クラブが此れに習ってクラブ旗を作るようになった”といっておられる「友」〈忘れ得ぬロータリアン〉

 但し、ニューヨークロータリークラブが作ったクラブ旗の形式には触れておられない。案外とその時の旗が濃紺青地で、以来その亜流が公式旗とならんで用いられて来たものかと想像される。公式旗が早い時期に想定されながら、漸く1922年の国際大会で「ロータリーの徽章、襟章、襟章その他の標章を制定し、かつ保護する」とR.I.細則を改めたが、それでもその後適切な措置が講じられていないと指摘され、1929年ダラス大会で、やっと確認されたことからみても、白と濃紺青の2旗の形式が行われて来たのも、無理からぬことのように思われる。とに角大事にしたいクラブ旗である。

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ロータリーの基本的特徴

 ロータリーは、奉仕の理想を個人として、また、団体として、現実に適用することを奨励するために、事業および専門職務に携わる人がロータリー・クラブにおいて世界的親交を結ぶ場である。

ロータリー・クラブは、地域社会の生活面を広範に代表し、ロータリーの綱領を推進するために、職業分類に基づき、その会員を選考する。

 会員身分を継続するために、少なくとも所定回数は、クラブ例会に出席しなければならない。知り合うことと親睦とを永続的友情への第一歩としてはぐくむことができるようにするためである。

ロータリー・クラブは、会員に個人活動および職業活動において高度の道徳的水準を実証する機会を提供する。ロータリアンの宗教的、政治的信念は、個人の問題とみなされる。(手続き要覧第3章)

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ロータリーの網領

ロータリーの網領は、有益な事業の基礎として奉仕の理想を鼓吹し、これを育成し、特に次の各項を鼓吹育成することにある。


第1   奉仕の機会として知り合いを広めること


第2   事業および専門職務の道徳的水準を高めること

あらゆる有用な業務は尊重されるべきであるという認識を深めること
そしてロータリアン各自が、業務を通じて社会に奉仕するために、その業務を品位あらしめること


第3   ロータリアンすべてが、その個人生活、
      事業生活および社会生活に常に奉仕の理想を適用すること


第4   奉仕の理想に結ばれた、事業と専門職務に携わる人の世界的親交によって、
      国際間の理解と親善と平和を推進すること。(RI定款第4条)



ロータリー網領中の4項目の解説は、等しく大きな意味をもつこと、また、同時に行動を起こすべきものであるということにRI理事会の意見が一致した。(96)

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